業界面(づら)の闇

この1年はメディアのマネタイズサイドに身を置き、いわゆる「ネット広告業界」というものの中心で様々なインプットとアウトプットを繰り返してきました。特にネット広告では「アドテク」というテクノロジーを活用した広告の進化が著しく、そこに携わる人の専門性と独自性をより加速させている一面があると思います。そんな中で感じた違和感、いやそれは結局気づきのキッカケでしか無いのですが、より抽象度の高いところの話。

業界には大なり小なり、多かれ少なかれ「常識」が存在します。それは施策の方法論だったり、業界の構造論だったり、人や会社間の組織論だったり。業界経験が長い人ほど、それが常識として身体と心に染み付いて疑うこともないんですよね。

大変当たり前の話ですが、業界面した瞬間に、イノベーションへの思考が止まります。いつだって創造的破壊をしてきたのは、常識を疑い、本質を追求し、信念をもって当たり前のことを当たり前のようにやり抜いた人たち。イノベーションとは大げさですが、日々のそういった積み重ねで損すること、損している人、本当に多いと思います。

業界面、みたいなキャッチーなワードで入りましたが、結局は「経験」というものすごく重要でやっかいなものに集約されるのですよね。経験は時に重要な羅針盤となり、時に重い足かせになると思います。ここでいう経験というのは、

- 積み上げられた常識:業界の常識、世間的な常識といういわゆる既成概念のこと
- いつか見た景色:経営判断、事業判断などの意思決定に大きく影響をあたえる過去の実体験

常識、というものは前述した通り。そしてより各個人に属するディティールの経験、いつか見た景色は、時に大きな意思決定の判断材料となります。プロ経営者やシリアルアントレプレナーの勝率が高いのはこういった「いつか見た景色」の積み重ねから意思決定の精度が高くなっているからですね。ここで「経験」というものがやっかいなのは、人は自分の経験を過大評価しがちであるということ。つまり、人は目の前の状況を無理やり「いつか見た景色」に当てはめてしまうことが時々あるようです。本来であれば、そのいつか見た景色と本当に同じ景色なのか、同じ前提条件で同じ策が当てはまるのか、つまりいま自分が立っている状況をリアルに理解する必要があります。ただ、事業においても、組織においても、それは往々にして過去立っていた時のものとは似て非なるものだったりするわけで。

「どんな難問にも、必ず答えはある!(下町ロケット)」のですが、それは必ず特定の文脈に埋め込まれた特殊解のはずです。

加えて、「経験」にはもうひとつ厄介な特性があると思っています。親や年寄りの小言はなぜ若者から嫌がられるのか。それは本質をついていても、それがその人の「経験」に基づくものだから。つまり「経験」をベースに諭されるということを、人は本質的に毛嫌いするのでしょう。メンターや本当に尊敬する人の場合を除き、経験のギャップに、人は本能的にNOを突きつけるのだと思います。やや話が脱線しますが、長年愛されキャラの高田純次が情熱大陸で語っていた彼が絶対しない3つの話

「説教」「自慢話」「昔話」

特に後者2つは経験に基づくものですね。そういった経験のギャップをひけらかしたり、押し付けたりしない。だから彼は本質的に嫌いになる要素が少ないのでしょう。

業界面のダークサイドに落ちず、経験の勘違いと押し付けをしない。そのためには何事も「スーパーニュートラル」を心がけることが大事だなと、日々実感した一年でした。まだ終わってませんが。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>