投稿者「Kenji Tomita」のアーカイブ

Runtripという世界を創る。


2018年7月26日、オフサイト合宿にて。

スマートニュースを卒業しました。

ちょっとだけ充電期間を挟み、

2018年8月1日、株式会社ラントリップにジョインします。

https://runtrip.jp/

去年末から疼き出した心の叫びに、正面から向き合ってしっかり時間をかけました。
今の自分がすべきこと、残りの人生をかけて挑んでいくべきテーマ、そして家族と仕事。

自分勝手な使命に、気がついたら力強く背中を押されながら、そこに自然と紡がれるべき糸が集まり、確信という太い綱をたぐり寄せるようにたどり着いた世界がありました。

それは心の奥底から実現したいと願える世界であり、今までの人生の軌跡が線で繋がった世界であり、何よりも今最高にクールだと胸を張れる世界でした。

拭えない違和感。

毎日揺られる通勤電車の中に、時折違和感を覚えるようになりました。8割から9割の乗客が小さい画面に食い入るように”下”を向いているその絵面が、どうしても受け入れがたい世界になっていることに。そして、たまに目に飛び込むその画面上には、自らが関わるサービスが垣間見えることも多く、嬉しいと思う反面、便利になっていく世界を目の当たりにするにつれて、何か嬉し苦しい思いを募らせていました。もちろんそれは本当に余計なお世話で、電車内でも信号待ちでも、隙間時間があれば誰が何をしようがそんなの人の勝手なのですが、猫のように曲がった背中から伸びる斜め下の世界に、希望と同時に憎しみを積み重ねていきました。

ARにVR、自動運転とますます人体を怠慢にさせる力学が「イノベーション」と称されるテック界のトレンドのど真ん中にいるのではなく、もっと「意識」や「カルチャー」のレベルから、そんなトレンドにうまく寄り添える「人体」「健康」「心」を創っていくようなことをすべきなのではないかと。技術の進歩のスピードに、きっと我々の「身体」と「心」が周回遅れになりつつあるのだ、と。

走る、ということ。

そんな周回遅れなんてことを意識するはずもなく、私は10年ぐらい前から気がついたら習慣的に「走る」という行為を行うようになり、42.195kmを走ることもあれば、走るために海や山に週末出かけることもあれば、気晴らしに近所の河川敷を30分だけ走ることも、とにかくランニングが日常になっていました。気分が後ろ向きの時は走ることによって前だけを見つめ、辛くダークサイドに落ちそうな時も走ることに自分を奮い立たせ、断崖絶壁から這い上がってきました。おかげで風邪をひいたり体調不良で仕事に穴を開けることも本当に少ない方だと思いますし、辛いことも乗り越えてこれたし、毎日ご飯が本当に美味しいです(笑)

一方で、残念ながら身近にも、当然身近じゃない世界には、日々本当にたくさんの人が身体や心を崩し、一度失ってしまったものの尊さに絶望するような、そんな景色が広がっています。あるレベルまで崩してしまった身体や心というのは、簡単に取り戻せないのですよね。「健康」という言葉はありきたりでチープであまり使いたくないのですが、「心身ともに健康な状態」というのは空気のように当たり前であり、空気のように失うと致命傷になるんです。これは直近の人事という仕事を通じて、すべてを「人」というフィルターを通じて見つめ続けてきたからかもしれません。

だから、もっとたくさんの人が毎日少しでも”走る”ことによって(走ることでなくても、もっと心や身体に日常的に意識を向けることによって)救われる世界を創りたい。そう思うのは、私にとってとても自然な成り行きだったのです。

Runtrip -ラントリップ-


Runtripが入居するBLUETAGオフィス@自由ヶ丘

様々な選択肢を模索する中で、唯一話を聞いてみたい人/会社がありました。その会社は、日常的にスポーツを楽しむ人、もしくはスポーツなどによってもっと健康的な暮らしをしていきたいと思っている人々に、ランニングの楽しさ、そして”走ること”本来の自由な世界を提供することによって、もっと世界を幸せにできると本気で願っている4人のスタートアップでした。何よりも、そんな力強いミッションと、それを本気で果たさんとするチームが大切にしている価値観に惹かれて、気がついたらこの船の一員として大航海に出ることを決めていました(現在私を含めて7人になりました)。様々な選択肢の中で、小さいながらも大きな夢と野望をもった、スタートアップが好きなんだな。ただ、テック界のトレンドとか、様々な事業におけるギャップを埋めろとか、そんなもの関係なしに、今の自分が、残りの人生を賭けて取り組むべきテーマに、真っ直ぐに突き進んでいこうと思います。たぶんきっと、いや、我々が取り組んでいること、目指すべき世界、そしてそれを実現せんとするこの会社は、日本が世界に誇れる最高にクールなものになると信じています。何にも流されない、ピュアな想いと熱量こそ最も大事なすべての源泉だと信じて。

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走ることが趣味なのですが、「好きなことを仕事にする」という感覚では全くなく、ただ「今の自分が、これからの自分が本気で社会のためになすべきこと」を突き詰めた結果なんだと思っていますし、そうでありたいと思う。そういったものに出会える、見つけられるというのもまた、幸せなことだと思っています。

最後に、今回の決断を許してくれた家族に、本当に感謝しています。

1人でも多くの笑顔をつくるために。毎日我々が笑顔でいれるために。

では、愛してやまないB’zの「MOVE」から最高にクールな一節をどうぞ。

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何をとまどうの ボクは今? なんでもありの人生の中で
ひとりよがりの悩みなど
ほうり投げたら 醜態(しゅうたい)を見せよう
がむしゃらな日々は報われる
思いやり無きはバチ当たり
時の流れさえついてくる
自分で進みゃついてくる MOVE ON,MOVE ON,NOW

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スマートニュースを卒業しました。


2014年4月、PIXAR本社にて。

2013年の12月16日にジョインさせて頂いたスマートニュースですが

スマートニュース株式会社にジョインしました。


本日を最終出社、として卒業させて頂きました。

2013年夏、渋谷駅周辺で最もひと気の少ない桜ヶ丘の奥に、ひっそりと佇むシェアオフィスに訪ねたことがすべての始まり。当時は6〜7人のとても小さなチームで、ものづくりとスマニューがみんな大好きで、それでいて誰よりも大きい夢を描いていて独特の雰囲気とオーラを放っていました。縁があってその年の年末にジョインし、思えば遠くにきたもので、4年半の間にサービスはグロースし、組織はグローバルに拡大し、社会に与えるインパクトもとても大きなものになりました。

自分が青かった時代。人生において、基本的には前半の駆け出しのころを「青春」と形容したりするけど、スマニューでの4年半はまさに「青春」そのものでした。出会った人、関わった仕事、失敗や苦悩、成功と歓喜、どれをとってもかけがえのないもので、死ぬまで私の中で生き続けると思います。

今後のことはまた別途書くことにして、今回は少しだけ4年半を振り返る。原則息継ぎは最小限、前を向いて走り続けたいのでほんの少し、3つの回顧録。

狂気にも似た熱意。

当時ひたすら世界でグロースするようなアプリを創る仕事、会社をやっていました。スマートフォンアプリ勃興期、有料課金全盛から無料のハイクオリティなアプリに以降していく流れの中で、彗星のように現れたスマートニュースに、100tハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けました。これは、自分たちではとうてい創れなかったなと。UIキットを用いずに、フルスクラッチでページめくりならびに違い棚のUIを実装し、形態素解析や長体圧縮を駆使して改行位置を自動でコントロール、小さいスマホの画面に最密充填する狂気に満ちた実装を、ほぼ一人でやりきった浜本階生という人間に、リリースから6ヶ月後出会ってしまったのです。

スマホドリブンが生み出す新たなプラットフォーマーによる新時代【冨田 @tommygfx90】

あまりの興奮に、当時テックメディアにこんな記事を書き殴りました。そんな狂気が発する圧倒的な熱量に導かれて、気がついたらその年の年末にスマートニュースにジョインしていました。そこからは怒涛の日々で、まだ4年半に起きた出来事としては濃密すぎる、きっとここは精神と時の部屋だったんだと思います。

誰と、何をやるか。

階生さんには強烈なパートナーがいました。鈴木健というスティーブ・ジョブズみたいな人です。ジョブズには会ったことが無いですが、彼の目力と世界の行く末を見つめるその視線は、きっとジョブズにひけをとらないんだろうな。そんな強力なタッグに、謙虚と自律の圧倒的な価値観を持ち込んだ藤村さんというまた一人のビジョナリーがチームに強固な背骨を通し、それを実現する小さいけど強力なテックチームが猛烈な熱を放ちながらスマートニュースをただひたすら、我らが信じた道を行くという気概をもって突き進んでいる、そんな印象のチームでした。結果私は、グローズ全般(オンラインマーケティングからTVCMまで)、メディアさんとのコミュニケーション、広告事業の立ち上げ、最後は人事やオフィス全般を見るような仕事に獅子奮迅させてもらいました。自分のキャリアとしての足跡を振り返った時、とっ散らかった感じになりましが、誰かが何かをやらないといけない時、何か困難な状況や試練の時に、そこにどうやって関わっていくのか、逃げずにオーナーシップを持って背負っていけるかが、その人の価値を決めていくのだと信じています。

職務経歴書やブログには書けない(言語化できない)リアルな底力を、本当に鍛えさせてもらったと思います。激しい嵐を航海する小舟に乗りながら、徐々にその船を大きくしつつ、あらゆる角度の荒波を経験した上で、思うことがあります。結局そんな状況で一番大切なことは「誰と何をやるか」。もっと言うと、「最高の仲間と、どんな意義あるむずかしい問題に取り組むか」ということ。ここさえ外さなければ、きっとどんな荒波だって乗り越えられる。よく聞くような話ですが、やっぱりそれは本質なんですね。

自分を知る旅。

仕事というのは、本当に色々な人と本気でぶつかり合いながら、時に傷ついたり励ましあったりしながら、自分という人間を研磨する旅なのだとあらためて思います。その過程で思うことは、自分をしっかり理解することが、結果的に相手を大切にしたり、自分に関わる周りにとって自分という人間の価値を最大化できる作業なんじゃないかと思います。自分を知ること、認めること、時に相手に背中を預けたり、だれよりも研鑽すること。そこから逃げていると、一生たっても良いパートナシップ、良い仕事というのはできないですね。スマニューでの4年半は、そんな自分という人間が何なのか、圧倒的なダイバーシティの中で見つめ直す、鍛え直す本当に良い機会だったと思います。自分の知らない他人や、自分の知らない外の広がりを知れば知るほど、逆に自分という人間が深まるんですね。30代のうちに、絶対ぶれない自分の「軸」を見つけられたことが、実は個人的にはもっとも価値ある経験だったかもしれません。

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明日死んでも、今日の自分に後悔しないように。
そんな死生観が人を動かしますし、私も動かされています。

「人生に”たら、れば”無し」

丁度9年前、亡くなった私の恩師の言葉。
死ぬまでスマニューを応援します。

4年半、ありがとうございました。

年末に箱根駅伝の山登り5区を走り切ることについて語るときに僕の語ること

いっぱしのランナーとして読んでおくべきマスト本というのがある。いや、どうやら色々とあるらしい。例えば世界中のトレイルランナーにとって大ヒットした「BORN TO RUN」を読んだことがないなんてマジ!?って感じだろうし、それ以前にそもそも日本人であるのにHARUKI MURAKAMI読んだことないの?マジ!?って私は言われてきました。

実は村上春樹はランナーとしても有名ですが、そんな彼のランナー必読の書「走ることについて語るときに僕の語ること」を今更になって手にとって読んでみました。中身としては彼がいかに小説家という職業、いや「生き方」にとってランニングが重要であるかを独特のリズムで書き記したエッセイみたいな本です。仕事のかたわら趣味で走り続けいている私としても共感する部分が多く、あぁ、もっとランニングを人生の一部として、仕事の一部として肯定していいんだなと、再確認してなんだか高揚しているのが今です。

さて、この村上春樹的高揚をひきずるのはこの投稿のタイトルまで。書きたいことは毎年年末に箱根駅伝の山登りのコース(5区)を死に物狂いで走ることについて、です。

そもそも箱根駅伝の5区とはどんなコースか

箱根駅伝は往路(1区〜5区)で大手町から箱根の芦ノ湖まで5人でタスキをつなぎ、復路でその逆をまた5人(6区〜10区)でつないぐ日本の正月恒例イベントですね。そう、5区というのはこの往路の最後、箱根の山登り区間です。

コースの詳細はRuntripという便利なサイトがあったのでこちらにまとめておきましたのでご覧あれ(箱根なんでもちろん温泉で締めます、最高です)


箱根駅伝5区からの温泉を年末に満喫するコース|Runtrip

ちなみに私がいつも走るのは交通とロッカーの便から、実際の5区の最初の2kmぐらいの平坦な道を端折ったコースです。箱根湯本の駅から出発すると、はじめから悲しいぐらいにひたすら登りです。こんな感じです、辛いです。これをノンストップで芦ノ湖まで18kmを走り切ります。

走る人に共通しているであろう特性に関して

人は誰しも異なる。人種や性格、趣味や仕事。スポーツを積極的にやる人もいればそうでない人も、球技が好きな人がいればたんたんと走るだけのランニングが好きな人もいる。このダイバーシティというのはすごく大前提で人付き合い、物事を考える上ですごく重要なのですが、そんな中で「ただひたすらに走る」ということをまぁよくも飽きずに続けている人というのは、やっぱり何か共通点があると思うのですね。

結論としては、「自分に対して負けず嫌いな人」なんだと思います。誤解を恐れずいうと、何かのフィールドで1番になりたいとか、競争相手をすごく意識して打ち負かすことにすごく情熱が傾く人、ではない。自分がこれと信じたものに対して魂を削ってコツコツ磨いていく、そういった美学を持っている人な気がします。かっこよく言うとなんですが。

走ることの圧倒的な特徴としては「自分に対する”なぶり殺し”」みたいなもので、圧倒的な孤独の中でとにかく自分の意識がほぼ100%自分の内側、心に向かってきます。辛くなればなるほど、「あ〜しんどい」とか「なんでこんな辛い思いしてんだろ」とか「ぎゃ〜早く終えてビール飲みたい」と考えます。これが他のスポーツだと「相手の動き/心理」「ボールなどの対象物」に自分の意識が向かいますよね。そういった対象物が自分しかいないので心の逃げ場が無い。だからひたすら自分と向き合う、鏡越しの自分がずっと走っている最中にこっちを見てくるのでそいつをぐっと睨み返して歯をくいしばり続けるのがランニングという苦行と言えるでしょう。

自分を睨みつける自分を正していく

そんな変態的な「走る」という行為なのですが、ずっと走り続けているとそんな自分との付き合い方がうまくなっていくんです。これがより長く、より速く走れるようになるということなんだと思います。鏡越しにずっと覗いてくる自分を睨み返すことはせず、まぁまぁまだイケるっしょ、苦しくないよもっと頑張ろうぜって、クールにいなし続けることができるようになってくるのですね。そうやって自分という心と向き合い続けることで、「走ること」を通じて随分人間として鍛えられたなと、走り続けてきて思います。健康面の恩恵はもちろんですが、それよりも心を鍛えてもらえるのが「走る」という行為なんですね。

ちなみに筋力トレーニングやランニングマシーンを利用した有酸素運動でも同様なことが言えそうですが、やっぱりロードやトレイルを直に走って、流れ行く街並みや自然を受け入れたりくぐりぬけたりして5感をフル活用する「走る」という行為には、身体にも脳にも心にも、何か特別なものがあるような気がしてなりません(実際には科学的に証明されているものがたくさんあるのですが、ここでは割愛)。

箱根の山は天下の険

そんな「走ること」の1年の集大成として箱根の山を登り切るというのが、まぁなんとも爽快なんです。書きたいことはただそれだけです。ただひたすら曲がりくねったロードを駆け上がる、真冬の箱根なんて下手したら氷点下になります。走り続けて登り切るのは本当に辛いのですが、ひたすら15kmぐらい登り続けて、この上の写真にある国道1号線の最高地点(874m)まで登りきった時の「あぁ、今年もなんとか走り切れた」という安堵感と、そこから一気に降って芦ノ湖のゴールに向けて走る疾走感がまた最高なのですよね。その後に温泉&ビールも待っていますしね。年の最後に、苦行を通じて自分の成長を噛み締め、自己肯定してあげる作業です。

ちなみに去年は圧倒的に走量が例年より足りなかったのですが、例年と同じペースで走りきることができました。明らかに実感したのは「弱い自分との付き合い方」が昔に比べてうまくなったなぁということでしょうか。年齢を重ねて基礎体力が落ちてきても、こうやって心を育てて、自分の心との並走の仕方がうまくなっていくことによって、いくらでもまだまだ向上していけるのですよね。何事も。

走ることから学ぶことは、かくも尊いのでございます。