マインドフルネスランニングというものにつながった。
昔から、もっともっと心を強くしたい、鍛えたいと思うことが何度もあった。
何かに導かれるように、ランニングをかれこれ10年近く続けている。それなりに早く長く走れるようになった。
ストイックなランニングが素晴らしいのは、何より自分の心との戦いだから、他にすることないから、自分の弱い部分の心と戦い続けるしかないのです。
同時に何とも言えない爽快感を味わえるのがランニングで、それは有酸素運動という人間の身体が本能的に求めるアクティビティであるからだし、きっとのランニングと脳には密接なつながりがあるのだろう(科学的な知見も色々あるだろうが詳しい話はまったく知らない)
そこで最近出会ったのが「マインドルフネス」たるもの。出会いはこの本。
サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法
Googleのメン・タンさんがEQ(頭脳の知能指数IQではなく、心の知能指数のこと)と瞑想を科学的アプローチをベースとしてプログラム化したものが「Search Inside Yourself」で、既にかなりの数のグーグラーがこれで心を鍛えてるそうだ。
今年は本当に心がざわつくことが多く、メンタル不健全なことが多かったので、ふと出会ったこの概念がスッと身体に入ってきた。瞑想と脳の関係も科学的に証明されるものが日々多いようで、例えば瞑想によって物理的に脳の構造が変化することも科学的に証明されているそうです、すごい。
そこで瞑想やマインドフルネスの根底にある概念と、ランニングの類似性を見出したわけで。
実際調べると、ランニングは「走る瞑想」と言われることもそうで、なるほどそう思います。
雑念がある状態で走りはじめても、10km、15kmと走るうちに最後はすっきり雑念も消えて、心も身体も心地よい疲労感とともにスッキリする。走れば走るほど、苦しくなればなるほど自然と呼吸に意識が集中し、無心で自分の身体と心に向き合う。まったくこれは瞑想の一部ですね。
数年前から山を走るようになり、いわゆるこれもトレイルランニング(トレラン)とカッコよく呼ばれたりするのですが、こちらはやや山岳アクティビティ的な要素が強いものの、実際呼吸に集中し、心と身体が強度の集中状態になると、自然と一体化した気分を味わえることがあるのです。これがなんとも気持ち良い。これはまさに走るという行為を通じて、自分の心が洗練されて、何か自分がより大きなものの一部になれる瞬間なんですね。(これ以上は怪しい話に聞こえるのでやめておく)
そうやって気がつくと、走るという行為は心を鍛える行為でもあったわけで。
ではそのマインドフルをより意識したラン、つまりいつもの逆ですね、走る行為を通じて心を鍛えるのではなく、心を鍛えるために走るという行為を利用する。坐禅という一定の状態から様々なポーズに昇華したヨガのように。
これは確かに、「マインドフルネスランニング」と呼べるでしょう。特に空気が新鮮で静かな朝ランニングがオススメ。
ちなみに「心を鍛える」という表現は適切ではないかもしれないけど、自分にはややストイックなテイストの方が好き。そしてマインドフルネス/瞑想も簡単に高い次元にいけるわけではないので、筋トレ、ランニング、語学と同じでとにかく継続して続けることが大事。
だから、心も身体も鍛える。
だからマインドフルネスランニングをする。
コメントを残す